親戚や知人などの葬儀に出向くと、祭壇の上には当たり前のように写真が飾られています。その下に棺があるのですが、誰もが棺よりも写真を拝みます。写真は故人を撮影したものに過ぎないと思っていたのですが、故人を偲ぶ時、棺よりも遺骨よりも、お墓よりも、写真に対してそれが故人のように想います。
もうこれは写真、遺影写真ではなく、故人そのもののようにさえ思えるのです。そうなると、もう、これは写真ではなくて、別の凄い大切なものにさえ感じます。普通の方からするとそれが当たり前のように思うかも知れませんが、カメラマンからすると、とても重い事実です。

写真には、家族写真、記念写真や、風景写真、旅先などの思い出の写真、卒業写真、アート作品、報道写真、スポーツ写真など、様々な写真があります。大災害などで想い出の写真やアルバムを大切にされているのをテレビなどで見て、写真には、そういう力があるのだと感じました。しかし、それよりもさらに大切なもの、尊いもののとされるのが、遺影写真だと思いました。カメラマンとしては、遺影写真と言うと大変重い責任のある1枚の写真と感じます。撮影した写真を誰もが拝み、いつまでも残る想い出や思いなど、ただ綺麗な風景写真とは別物です。写真のようで、写真じゃない。それが遺影写真ではないかと思います。



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