無の環境から芸術を生む事はとても難しい事だとおもいます。やはりその周りの環境が芸術に大きく影響するものです。「芸術はウンコだ」と言った人もいます。良い芸術に触れなければ、新しい芸術は生まれないというたとえです。地方に住んでいると都市とは違い良い芸術に触れる機会が少なくものです。芸術は地方にもあると言いますが、本当に良い物は少ないと思います。商業的な良い方をすると、地方でマイナーな美術展をお金をかけてやっても人が集まらないため、有名アーティストで集客力のある人に限られます。それを実現するためには、多額のお金が掛かるので仕方がありません。それに比べ、東京などでは、マイナーなアーティストでも規模はどうであれ、開催される事が多いので、好きな人にとっては価値のあるアートと言えます。

地方にとってのアートとは
東京に居た時には、大小にかかわらず色々なアーティストの作品を目にする機会が多かったように思います。地方ではそうはなりません。アートは、それを支える人と、本物のアートと偽物のアートの違いを理解できる環境と、本物の質の高いアートに触れる事の3つが必要と感じます。どれか一つかけても成り立ちません。

アートを続ける為のお金
それを良しとして買う人
質の高いアートに触れられる環境

これが揃って、アートが生れます。発表する場が無いと思っている方もいると思いますが、それは箱モノの発想であって、発表する場があったと仮定しても、上で上げた項目の一つ、アートを続ける為のお金がなければ、アートは生まれないのです。
では、発表する場とアートを続ける為のお金を提供したら、どうなるか?一時的な場とお金の提供だと、アートは続けられません。金銭的に続けられても、質の高いアートに触れられる環境が欠けていれば、偽物のアートだけが残るからです。

地方でより良いアート作品に触れるには
ネットしかありません。時々来る展示会でも結構ですが、触れる機会としては少なすぎます。東京などでは、歩いているだけで目に入る最新アートが沢山あるからです。なので、地方では、自分からより良いアート作品を積極的に見る機会を作る必要があります。国内、海外のアーティスト作品は、ネットならではです。

良いアート作品を作っても
認めてくれる環境が必要です。もし、周りの環境が古いアートや有名なアートしか認めなければ酷評や見てもらえないでしょう。良いアートには、それを理解できる程の質の高いアートに日々触れている人々の環境が必要になります。アートなら何でも良いとは言いません。レベルの低いものも多数あります。レベルの低いアートを支える必要はありません。本当に良いアートか、そうでないか?それを支える人々にも芸術性が必要です。

絵画を目指しているから絵画?
アートには色々な分野がありますが、例えば、絵画のアーティストの場合、良い絵画を見る事だけが良いアートに触れる事ではありません。繊細な割烹料理や、音楽、舞踏、陶芸、他の分野のアート作品からも色々なインスピレーションを受ける事があります。どんな分野でも良いのですが、一流と思えるものに限ります。どの分野でもレベルの低いものを参考にしても良いものは生まれません。切磋琢磨した他のアート分野から影響を受ける努力が必要です。

質の低いアートにご用心
地方のアート展などでみかけるものには、質の低いアート作品がよくあります。もちろん地域の大切なお金が掛けられています。アートで町おこしも良いのですが、質が伴っていません。見る目もどうなんでしょうか?と思わずにいられません。地域の芸術関連の先生なども参加しての開催らしいですが、レベルが低いのでガッカリします。「芸術は、新たな芸術を呼ぶ」というタイトル通り、本当に良い芸術に触れていなければ、それが良いアートなのか、そうでないのかはわからないのです。質の低いアートで育てば、それ以上に良い物は生まれません。と言う事は、「芸術はウンコだ」ですね。良い芸術は、良いウンコを産む。です。